Signal Red / 1st story

- シグナル・レッド -

このシグナルは警告か、それとも。
Updated: 2009/03/16


1st 07. 「正論と建前」 [3]



やはり、積み重ねた年輪のせいだろうか。こればかりは、時計の針の重みの勝利とでもいうべきか。

「お久しぶりです」
「元気そうだな。・・・半年ぶりか?」
「はい」
革張りのソファにゆったりと腰を下ろしたままの人物に、葉月は丁寧に頭を下げる。 凛はその数歩後方で、葉月以上に深く頭を下げ無言の挨拶をした。羽野は、隣の部屋で控えており、この場にはいない。
「立っていないで、そこに座りなさい」
「失礼します」
「そちらのお嬢さんは? 今橋くんの後任か?」
「いえ。ですが少々事情がありまして、ここ数日今橋さんの代わりに私のサポートをしてもらっています。日下部さんです」
「初めてお目にかかります。日下部と申します」
葉月に促され、凛は控えめに口を開く。震えるかと思った声は、不思議としっかりとしていた。
「そうか。・・・では、日下部さんもそこに座ってください」
「は・・・はい」
手で示された場所は、葉月のすぐ隣。動きを止めかけた彼女の背中を押すように、葉月がうなずく。
凛がソファに座るのを待って、この家の主人は葉月に向き直った。
「・・・さて」
深みを増したワインを思わせる、声。葉月とは声質が異なるものの、耳に後々まで残るだけの力がある。
「——報告を聞こうか?」


期せずして、真正面から見ることができる角度。至近、ともいえる距離の近さ。

つい半年ほど前まで会長職についていたというその人は、凛の予想に反して双眸から放たれる光は柔らかく、 全体的に穏やかな印象を受ける。刻まれた皺は深いが、それが厳しさにはつながらない。
葉月の祖父の兄となると、そこまで血縁が深いわけでもない。が、全く似ていない、とも言い難い。
体型や表情などが、どことなく・・・そう『どことなく』似ているような、気も——する。

しかし、それにしても。
『とにかく元気で、できれば年相応に振る舞ってほしいと思うくらいです』
この言葉の意味が、わからない。
勝手にふくらませていた想像の中の『東堂隆一郎』は、例えるならば木刀を毎朝振り下ろし、眼光は鋭く威圧感に満ち、パワーに溢れている。 それを葉月は『元気だ』と称しているのかと思っていた。
けれど、とてもそうは見えない。もちろん、人は見かけにはよらないけれど。

そんなことを頭の隅で考えつつ、凛はきゅ、と両指をスカートの上で組み合わせる。
彼はどう、答えるのだろうか。ここ数日・・・葉月はそれ以上の月日を費やした上で得られた、成果を。
聞きたくないような、・・・聞きたくてたまらないような。そんな、相反する気持ちが共存する。 しかしそれを、よりによって葉月のすぐ隣で聞く羽目になろうとは。

次第にうつむき加減になる彼女は、一瞬向けられた葉月の視線に気づかなかった。隆一郎の視線も。そして、彼らふたりが交わした視線にも。
「報告書です」
手にしていた鞄の中から、葉月は会社のロゴが入ったマチ付の封筒を取り出し、ソファテーブルに置いた。
凛の目にも映るそれは、かなりの分厚さ。中には、自分が作成に関わったものもある。 今更ながら、通常とは違う仕事をしたのだ、と言われているような気がした。
中身を取り出すことはしないものの、封筒を見つめたまま隆一郎は問いを投げかける。

「マスコミにどう対応する? まだ嗅ぎつけられてはいないようだが」
日本はおろか、世界でも名だたる企業のひとつに数えられる、東堂グループ。 その内部でここ数年行われてきた不正経理、ひいては横領。間違いなくスキャンダルとして、マスコミの格好の餌食となるだろう。 ぞくり、と背中に冷気が走る。
しかし、葉月は表情を全く変えずに即答した。
「表には出ません」
「おまえが、ではない。会社として・・・」
「手は打ちました。4月1日付けで役員の半数以上を刷新します。・・・ごく『一部』の方々には、多少早めにお引き取り頂くことになりましたが」
驚きで、凛は思わず口に手をあてた。そうしなければ、意味がなくとも何か声を発してしまいそうで。

「そんな簡単に行くものか」
「確かに、簡単ではなかったですね。何しろ——」
そこで言葉を止め、葉月は身を乗り出して、ぽん、と封筒を叩く。そしてその姿勢のまま、彼は隆一郎をまっすぐに見返した。

その視線にあるものは、確固たる決意、などといったものとは違う。無論、助力を求めるものでもない。あり得ない。
ひと言で表すのならば、そう——『不敵』。
恐れを知らず、大胆に。親子以上に年が離れ、経営者としても先輩である隆一郎を前にして、乱暴とも不躾とも言える。 つい先ほどまでの従順すぎる態度は、一体どこへ置き忘れてしまったのだろう。

「『何しろ』、何だ?」
しかしそれを目の前にして、隆一郎は声を荒げることはなかった。 しかし、無表情とも違う。実に『楽しそう』に応じているようにしか見えず、凛は胃が痛むような思い、というものを人生初めて味わっていた。

一体何なのだろう、この空気は。
緊張感にあふれているに違いないのに、ほのぼの。そして、『ほのぼの』を通り越して殺気立っている。 一触即発間近で、けれどゆったりと時間が流れている。

どうにも居たたまれず、不作法とわかっていてあえて、凛はテーブルに置かれたティーカップを手に取った。
だが。ぐっと煽るようにして喉の奥に押し込んだ紅茶は、予想以上に熱く。・・・猫舌の彼女に取っては、軽く拷問のレベルを超えていて。
「・・・っ・・・」
「日下部さん」
再び口元に手を当てた凛に、葉月が気遣わしげに声をかける。くすり、と隆一郎の笑みがかぶった。
「大丈夫ですかお嬢さん」
「・・・も、申し訳・・・」
「しゃべらなくていいですよ。口を開くべきは、あなたではありません」
幾らか和らいだ空気の中で、いつしか隆一郎の口調は含むものが取れていた。
それを察した凛が顔を上げると、葉月の視線とぶつかる。苦笑を浮かべつつ、彼は「何しろ」とつぶやく。

「——何しろ、甘やかされ放題、わがまま放題の年老いたタヌキ達でしたからね、あの人達は」
その言い様に、凛は絶句。隆一郎は声を上げて笑った。
しかしその彼も、続けられた言葉までは想像できなかったらしい。

「まあ、あなたほどではありませんが」


   ◇◇◇


つい数十分前にも、聞いた言葉。だからこそ、驚いた。違ったのか、と。
そして同時に、ほっとした。そうだよね、やっぱりね、と内心うなずいていた。 『タヌキ』と彼が称したのは、不正を行った人達。決して『目の前にいる人』ではなくて・・・そう結論づけたのも束の間、 それを真っ向から切り捨てられた。他でもない、葉月自身によって。
と、いうことは。——つまり?

「・・・私のどこが、その・・・・・・」
やけに「どこが」に重きを置いて、隆一郎が口を開く。その直前にわざとらしい咳払いをしつつ。
対する葉月は、口調はこれ以上もなく丁寧なものの、今日この場に来てから初めて、ソファに背を預けた。 身を乗り出す前会長とは、対照的に。
「どこ、と仰るのですか? 自覚がない、とでも」
「——あるわけ」
「理由はふたつです」
「ふたつ? 聞こうか」
多いのか、それとも少ないのか。隆一郎は興味がわいたらしく、葉月を促す。

「ではひとつ目。あなたはすべてをわかっていて、けれどあえて知らない振りをして私をこのゲームに強制的に参加させた。 仕掛けたのはあなたと、もう一人。——確かに私はプレーヤーとして、ある意味適任だったと思います。 ですが、何故こんな手の込んだことを? せめてルールを説明してくれていれば、半年も無駄にすることはなかった。 私は総帥になどなる必要もなかったし、こんなことは・・・」
「数日で片付いていた、とでも言いたいのか?」
「——そうです」
「だがそれでは、東堂グループは崩れていただろう。あの椅子に座ってひと月も経てば、どれだけの人間が我が社を支え、 どれだけの人間が間接的に関わっているか、それを嫌でも思い知る。実際、おまえはそれを頭の隅に追いやることはできても、 消し去ることはできなかったはずだ。違うか?」
「話をすり替えないでください」
「すり替えてなどいない。私に言わせれば、半年は短いくらいだ」
「ではあなたに入れ知恵したのは誰ですか。父のはずがない。だとしたら——」
「・・・さて?」
明後日の方向を向きながら肩をすくめ、隆一郎は会話の流れを止めた。答える気はない、と大げさな態度で訴えているかのようだ。 あまりにわざとらしくて、だからこそ葉月も出鼻をくじかれてしまい、眉間に指をあてて黙り込む。
「どうした、葉月?」
「もう結構です。時間の無駄にしかならないようですから。では、もうひとつ。こちらは日下部さんが聞いても面白いと思いますよ」
「わたしが、・・・ですか?」
「うん」
前触れもなく自分の名前が出てきて、凛は目をぱちくりとさせた。

「——『須藤隆一』、という人物をご存知ですか?」

一音ずつゆっくりと聞こえてくる響きに首をかしげる凛の前で、隆一郎も同様の仕草を見せる。
「・・・誰だ、それは」
「我が社の警備を任せている会社の社員です。何度も『私の部屋に』入っているようですね」
「警備のためだ、それは当然だろう」
「確かに。正論ですね」
あっさりと、葉月は応じた。

凛が首っ引きで読んだ今橋作成のマニュアルによれば、社長専用フロアである最上階、特に社長室と休憩室を清掃する際には、 警備員がひとり立ち会うことになっている。基本的に早朝が多く、社員のひとりでもある秘書が出勤するには早すぎる、というのがその理由。 だから、隆一郎の指摘は正しい。
「・・・ですが」
葉月は足を組み、その上に両手を置く。
「机の合鍵を持っているというのは、やはり問題かと思いますが」
「あ・・・合鍵、ですか? では、書類が無くなったり・・・」
だとしたら大問題だ。慌てて葉月に質問しようとした凛は、やんわりと大きな手で制される。
「いえ、そういうことは全く。荒らされた形跡もないです。でも自分以外の人が触った、というのは何となくでもわかるものです。 正直気分は良くないですね。ましてや何回も続くとなると」
社長用の机の合鍵は、秘書ですら持っていない。 今橋が、数日間限定の秘書には教えなかった可能性もあるけれど、秘書ならともかく警備会社が、となると——

「——でも」
軽く唇を噛み、凛は葉月を見上げた。
「どうしてその、『すどう』さんはそんなことを? 警察に言った方がいいのでは」
「その必要はありません。正体も理由もわかっていますから」
「理由もですか?」
「そう。理由も。——聞きたいですか?」
深刻な話のはずなのに、ごく軽い口調。知りたい誘惑には勝てず、それでも凛は慎重にうなずく。
「伺っても、・・・よろしいのですか」
「もちろんです。先々代もいらっしゃることですし」

ごほん。再び、隆一郎は咳をした。それも、数回。
口に運ぼうとした紅茶にむせたのか、それとも葉月の言い様のせいなのか。
凛は深く考えることなく、座り直して身体を葉月の方へと向ける。

「まず正体ですが、これは簡単です」
「・・・?」
「前の持ち主を疑えばいいだけのことです」
「前社長のことですか? しかし」
退任する前から患っていたらしく、先代社長は現在も病院に入院している。場所は、彼の郷里でもある沖縄。あり得るわけがない。
「そうですね、先代ではあり得ない。では、その前はどうでしょう」
凛を見やり、葉月は笑った。
目を丸くし、言われた内容を反芻し・・・凛は視線を動かす。『先代の前』つまり、『先々代』の社長を務めた、その人を。

「・・・そっくりだ」

葉月の目の前に座り、先程までの紳士然とした表情はどこへやら、いたずらが見つかって叱られている子供のようにむくれた表情を隠そうともせず、そっぽを向いている。
「何が、ですか?」
「回りくどい言い方、莫迦丁寧な口調、それに顔! 人に心配させるだけさせておいて、気づいとるくせに知らん振りをして、 こーんな可愛いお嬢さんがいる時に全部バラす意地の悪さ! ・・・もう、哀しすぎて哀しすぎて涙も出らん」
「どうぞ。出してもらって構いません」

指折りながらの回答と葉月の口調。けれど見た目は、祖父と孫そのもの。そのギャップが可笑しすぎて、凛は思わず吹き出した。
まさか笑われるとは思っていなかったのだろう、隆一郎は眉間の皺を寄せた。しかし、笑い止まない凛を前に、
「こっちも、そっくりだ」
とぼそりとつぶやく。それを聞きつけた葉月は、すまして応えた。
「『だから』、連れてきたんです」
ようやく落ち着き、目尻に涙を浮かべる凛の肩に、手を置く。


「至極簡単な謎解きだったでしょう、日下部さん?」


   ◇◇◇


「全く、何て言いぐさだ。年上を敬う高邁な精神は、海の向こうに置き忘れてきたのか?」
「ありますよ勿論。ただ、時と場合と『相手に』よりますね」
「・・・小さいときは可愛かったのに・・・『おじいちゃーん』って言ってまとわりついていた日々は、ほんの25年前」
「記憶がないからといって、勝手に事実を曲げないでください。半年前、『会うのは初めてだ』と言ったその口で」
「冷たい・・・冷たすぎる」
「だからといって、忍び込む理由にしないでください」
「心配で心配で、いてもたってもいられないって気持ちがわからんのか?  おまえがちゃーんとやっとるのか、今橋くんも羽野くんもちっとも教えてくれん。ちょっとばかり変装して、昔の自分の部屋に入ることのどこが悪い」
悪びれない態度、とはこういうことか。理解できる部分もあるが、それを認めてしまうのは何となくくやしい。
「...Shit(くそっ)」
「今、何て言った」
「何も?」
「・・・英語なんぞしゃべりおって。葉月は冷たすぎる。私は哀しい」
どこから出してきたのか、隆一郎の手にはハンカチ。葉月もポケットから自分のそれを取り出して、ごくごく丁寧に隆一郎の前に置く。
「はいはい。どうぞ存分に泣いてください。足りなかったらどうぞ」

お茶を淹れなおす名目で凛が立ち去った後のリビングには、薄いながらも血縁関係がある気安さか、ぽんぽんと会話が飛び交う。 それがキッチンにまで届いてきて、凛は声をかみ殺して笑い続けていた。
今なら、わかる。葉月が『元気すぎる』と言った意味が。



自身が興し、一流と呼ばれるまでに大きくした東堂グループ。しかし目の届かない範囲で、不正経理が起きていることを知る。
実態を暴くには、すぐに回復したものの一度は倒れた身体と代表権のない会長職という2つの枷は、彼をがんじがらめにした。 社長の席を預けた信頼の置ける人物はその時、すでに体調を崩しており、加えて陰謀によって最上階のフロアから追われようとしていた。
いったん退いた以上、戻るわけにもいかない。かといってこのまま黙っていることも、できない。
何とかして実態を暴こうと、彼は会長職から退き、同時に兄の孫にあたる葉月を次期総帥に選んだ。 そこに一個人としての感情が交ざっていた割合は、隆一郎にしかわからない。

隆一郎と前社長の提案は役員会の席までもつれこみ、ぎりぎり過半数を得ることが出来た。 危ういバランスの上に、葉月は社長の席に座ることになったのだ。賽(さい)は、投げられた。

東堂グループとは前会長の血縁という程度にしかつながりはなく、経営者としての経験もほとんどない。 何もかも未知数、しかしだからこその『新しい風』。
思い切った改革を始めた葉月に、隆一郎は一時は安堵していた。 何か困ったことがあればいつでも訪ねてこられるよう、今橋や羽野にもよくよく言い含めていた。 引退した身には余るほどの金と、久しく存在を忘れていた時間があったが、それもほとんど使うこともなく。
だが彼の予想に反して、葉月は『順調に』東堂グループを切り盛りしていく。業績は右肩上がり、株価も同様。 懸案だった調査についても、驚くべき早さで進んでいるという。意見を求められることも、泣き言を言われることもなく、気がつけば年の瀬。

嬉しくもあり、・・・寂しくもあり。
心配になり、そうなるとこの湖畔の別荘にいるのがもどかしく、なり。
生来の性格も手伝い、彼は以前居た場所へと足を向けた————



まゆみからの聞きかじりの情報と、葉月と隆一郎のやり取り。そして、凛自身の推測。
それらを混ぜて整理してみると、東堂隆一郎という人物がひどく人間くさいと感じてしまう。 新聞や経済誌などで見た経営者としての顔とは違って、生き生きとしている。それは、葉月にも言えるのかもしれない。

トレイに3人分のコーヒーカップを載せ、凛はリビングへと戻る。
「お待たせしました。コーヒーです」
「有難う凛ちゃん」
「気安く呼ばないでください。私の秘書です」
「別にいいじゃないか」
「良くありません。彼女にセクハラで訴えられますよ」
自分の分をトレイから取り、葉月は隆一郎を軽くにらむ。
「・・・ふうん?」
相づちを打ちつつこちらへと向けられた視線に、凛は苦笑しつつ顎を引いた。すると。

「さては、言ったことあるのかな? 例えば・・・ここにいる『社長さん』に」

「あつっ!!」
「社長!」
ガチャン、という派手な音と、葉月のうわずった声。にやり、と隆一郎は口端を上げる。
「成程、怒るわけだ」
「勝手に決め」
決めつけないでほしい、その声は最後まで出ることはなかった。


「今橋の奥さんが事故に遭ったことは知っている。だからてっきり、おまえひとりで来ると思っていたのに、こんなかわいいお嬢さんと一緒だ。 『似てるから』なんてのは建前で、本当は私に見せびらかしたかったんだろう? 4月人事発表前に片づけたいとか何とか正論かざして、 彼女や青柳くんまで徹夜まがいのことをさせて。近くに居てほしいなら、本人に直接そう言えば良いんだよ。 本音をいつまでも隠していると、愛想つかされるぞ。 ・・・そう思いませんか、元経理部で情報システム部に併任中で、今橋くんの代わりに葉月の秘書をしてくれている、『日下部凛』さん?」


すらすらと、よどみなど全くなく。葉月が説明していないはずの凛の下の名前まで、完璧に。
凛はぱちぱちと瞬きを繰り返し、隣の葉月の方へと顔を向ける。しかし、その表情は伺えない。 彼は顔に手をあてた状態で頭を下げ、何やらつぶやいていた。凛の理解が正しければ、『この、タヌキ』と。

「引退したといっても、情報網は健在なんでね。全然頼ってくれない孫への、ささやかな抵抗。 それと、タヌキとは心外だ。せめてキツネと言ってほしいな。神として祀ってもらえるし」
「・・・誰が孫ですか。それに、祀ってほしいのならどうぞ自分で」
「話を逸らそうとしても無駄だよ、葉月」
葉月の勢いを、きっぱりとした口調が削ぐ。目線で凛に座るよう促し、それを確認してから隆一郎はカップを手にした。

「これ以上、私が日下部さんに話すことは何もない。まあ、相談を受けるのはいつでも歓迎するけどね。 だがおまえとは、『現実』の話がまだ残っている。脱線はしたが、今回の不正に関しておまえが出した『最終的な結論』を聞いてはいない」

一瞬だが、隆一郎の目は凛を捉える。凛は無理にでも笑おうとしたが、『現実』という言葉に一度強ばってしまった表情は、すぐには戻らない。


「それに——『これから』のこともだ。おまえがどうしたいのか、本音を言いなさい。正論でも建前でもない、本音を」


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