Signal Red / 1st story Annex #001

- シグナル・レッド -

飛び立とうとする君へ、羽を。
Updated: 2009/05/11


#001 銀の羽 - side MAYUMI -

#04「涙と氷」終了後、翌日の話。まゆみ視点です。



『それ』はテーブルの上をこちらへと滑り寄り、測ったかのように正確に手元へと飛び込み、動きを止めた。
片手にすこし余るくらいの箱に、紺のサテン地のリボンが綺麗に結ばれている。箱の表面に刻まれた文字を見て、葉月は顔を上げて相手の顔をまじまじと見つめる。
箱の中に丁寧にしまわれていた、ごく控えめな輝き。早くも手の中でしっくりとなじむ重さ。
「祝いだ」
およそ温かみに欠ける言葉に、葉月は笑った。親指に力をこめ、蓋を開け点した炎の高さに、目を細めながら。


   ◇◇◇


よくよくこの病院とは縁がある。
建物を見上げつつ、青柳まゆみは数年前の記憶をたどる。

社会人になって以来、一番影響を受けたと断言できるその人は、少し前までこの病院にいた。まさかまた、ここへ見舞いに来ることになるなんて。
しかも今から見舞おうとしている人は、以前自分とよく行動を共にしていた人の妻。

これまでに、何度か彼女とは顔を合わせたことがある。知的で控えめで、今橋のそばでにこやかに微笑んでいた。 彼女に『まゆみちゃん』と呼ばれるのが、すこしくすぐったくて、それでも嬉しかったことをよく覚えている。


休日や時間外用の出入り口から入り、行き慣れた通路を通ってナースセンターへとたどり着く。インターホンを押して、まゆみは尋ねた。
「今橋さんのご家族の方は中にいらっしゃいますか? 私、今橋さんのご主人の会社の者です。青柳と申します」
『青柳さんですね。ええ、奥さんのそばにいらっしゃいます。お伝えしますのでお待ちください』
「はい」
待つこと、しばし。すぐ近くの扉から、男性が出てきた。
「――青柳さん・・・」
「ごぶさたしています、今橋課長」
久しぶりに顔を合わせる今橋は、多少顔に疲れが見えるものの、まゆみが知っている人そのものだった。
「申し訳ない、君にも迷惑をかけてしまって。しかも休日なのに・・・わざわざここまで」
「いえ、とんでもありません。凛から・・・日下部から聞きましたが、奥様の意識が戻られたそうですね。見舞いに伺うのが遅くなりまして」
「それこそ『とんでもない』、ですよ」

見舞いと言ってまゆみが持ってきたのは、今橋用の食事と雑誌。
「・・・ほとんど食べてらっしゃらないでしょう?」
「さすが、お見通しですね。妻にも同じ事を言われました。開口一番『食べてるの』って」
「我が社で一番のワーカホリックは、今橋課長ですからね」
「残念ながら、それは違いますね」
「・・・もしかして、須山社長ですか?」
「ただし、私とはだいぶタイプが異なりますが」
「切れ者ってことですか」
今橋は笑ってうなずきながら、椅子のある場所までまゆみを案内し、ふたりして腰を下ろす。
「あの人当たりの良さと言葉の柔らかさだけを見れば、『お飾り社長』などと言いたくもなるのでしょうが、判断は実に的確です。 そして速い。役員はともかく、現場の部長クラスのほとんどが、社長の実力を認めていますよ。あなたも、少しは認めているのでは?」
すっかり冷めてしまった缶コーヒーを口に運び、予想以上の甘さにまゆみは顔をしかめる。
「私は、仕事をなさっている時の社長は存じませんが」
そこで、いったん言葉を止めた。もう一度、コーヒーを飲む。やはり、甘い。

「――人を見る目は、確かだと思います」


「・・・日下部さん、君に何か言っていませんでしたか? 役員達に、嫌みのひとつでも言われたんじゃないかと心配していたのですが」
他に人がいないことも手伝って、話は自然と仕事のことになる。
「言われたみたいですよ。あんまり頭に来たので蹴り上げようかと思ったけれど、必死に抑えたって笑ってました」
「け・・・」
今橋は二の句が継げず、まじまじとまゆみを見つめる。彼女が大きくうなずくと、ぷっと吹き出した。 まゆみもこらえきれず、ここが病院だと言うことも忘れて2人で声を上げて笑い合う。
「凛は大丈夫です。打たれ強いし、自分の立ち位置をちゃんと把握してます。 少し天然なところがありますが・・・・・・あ、そうだ。昨日、あの子社長からライター取り上げたそうですよ」
「ライター?」
「彼女は急に異動が決まったでしょう? 凛の性格からいって、絶対に土曜日に出勤するってわかっていたんです。 わたしは予定が入ってましたから、一応夜になって電話してみたんですけど・・・」


   ◇◆◇


『どうしよう、まゆみさん。わたし、社長のライターを取っちゃって。好きにしてって言われても・・・っ』
「・・・は?」
社長? ライター?
頭の中に、いくつものクエスチョンマークが浮かぶ。極めつけが、『好きにして』ときた。
「落ち着いて、凛。社長に会ったの?」
『あ、ハイ。仕事してたら、内線がかかってきたんです』
「休日出勤黙ってるかわりに、ご飯でもって?」
『・・・何でわかるんですか』

多分、凛は電話の向こうで目を丸くしているだろう。笑いたくなるのを必死にこらえて、まゆみはわざとぶっきらぼうに答える。
「そうじゃなきゃ、ライターなんて言葉が出てくるわけないでしょう。それで? 禁煙でも勧めたの?」
それから約10分。まゆみは凛の話を聞いた。キスのくだりを凛は話さなかったものの、まゆみには容易に想像がついた。

凛が話したことをそっくりそのまま今橋に話して聞かせたが、今橋にもピンときたらしい。
彼の表情に次第に笑みが浮かぶのを見て、まゆみは内心ほっとしていた。
これが青ざめようものなら、葉月に別の女性がいるかそれとも結婚しているか。どちらにしても、昼ドラマのような展開になりかねない。
「なかなかやりますね、社長も」
「でしょう? でも凛が相手じゃ、前途多難かもしれませんけどね」
「・・・彼女に他の男性でも?」
「いいえ。ただ、超ブラコンで天然なだけです。・・・ある意味最強でしょう?」
「――何だか、社長が可哀想に思えてきました」
「ですね。でも、社長のことどうも名前で呼んでるみたいですよ。『させられている』のかもしれませんけど」
「外堀から埋めていく作戦ですか。成程」

気分は、姉のようなもの。凛はもちろんだが、葉月に対しても、似たような感情を持っているといってもいいだろう。
邪魔するつもりもないし、けれど表立って応援するつもりもない。
『からかって楽しんでいる』――は、言い過ぎか。

きっと、今橋も同じようなことを考えているのだろうと思い、視線を隣へ向ける。視線を感じてか彼は小さく笑い・・・『しかし』と口を開いた。

「しかし、まさかあの『銀の羽』を彼女に渡してしまうとはね・・・驚きました」


   ◇◆◇


「銀の羽? ライターの名前ですか?」
「いえ。私が勝手にそう呼んでいるだけですよ」
今橋は顔の前で手を振って、にこりと微笑む。
「青柳さんも知っているでしょうが、私は煙草はずいぶん前に止めました。 今では吸いたいとは思いませんが、須山社長のライターを初めて見た時は、それが揺らぎましたね。 それくらい、あれには惹きつけられました」
「ZIPPOだそうですね」
凛が言っていた、とつけくわえると、今橋はうなずく。

「私も、ひとつだけですが持っていました。オーソドックスなものでしたし、当時は結婚したばかりだったから、そんなに高いものじゃなかった。 でも、それで十分でした。一種の憧れですからね、あのライターは。――でも、社長のものは本当に『良い』品物です。 ご自分で購入されたのかと尋ねたところ、友人が社長就任の祝いにくれたものだとおっしゃっていました」
「友人・・・」
「一度だけ、その方から国際電話が入ったんですが、名前を聞いて驚きました。同姓同名の別人かとも思いましたが、 以前会長宛の電話を受けたことがあって、声を覚えていたんです。 その後で、社長から『ライターをくれた奴です』と聞かされて、もっと驚きましたよ。・・・あなたも知っている名前だと思います」

続けて発せられた人名に、まゆみはとっさに『まさか』、と口にした。
日本でも五指に入る規模を誇る東堂グループだが、今聞かされた名は、間違いなく世界の五指に入る巨大企業の名。
それも、葉月への社長就任の祝いということは――――

「その人と、社長がお知り合いだということですか!?」
「そのようですね。調べてはいませんが」
「でも、その方はたしか数年前に、表舞台からは姿を消したはずでは・・・」
「いいえ、いますよ。むしろ存在感は大きくなる一方です」
今橋はきっぱりと言い切り、窓の外へと視線を向けた。
「『今』は表に出てきていませんが、あそこは東堂と同じで徹底した実力主義です。 推す声は後を絶ちませんから、時が経てばいずれ出ざるを得なくなるでしょう。 まあ、大のマスコミ嫌いだそうですから、本当の意味で『表』に出てくるかどうか・・・そのあたり、影響を受けたのかも知れませんね」

葉月も、マスコミを嫌っている。
会社のwebサイトにも、社内報にも、決して顔写真を載せようとしない。プロフィールも、ほとんど公表していないと聞いている。

「その人が、須山社長にライターを・・・」
「ええ。羽の模様がね、表面に刻み込まれているんです。それにネームとシリアルナンバーも。 さすがというべきか、社長の誕生日なんですよ。これには参りました」
「・・・すごい」
「でしょう? ただ、羽は片方だけなんですよ。きっと、何か意味があるんだろうと思いますが――」

そこへ、通路を歩く人たちの、ぱたぱたという足音が響いた。
はっとして、腕時計を確認すると、予想以上に針は動いていた。ずいぶんと、長居をしてしまったようだ。
「・・・きっと・・・」
立ち上がりながら、まゆみは今橋の方へと振り向いた。

「近いうちに、わかるような気がします。課長も、そう思われませんか?」



今橋夫人が事故に遭ったのは、まったくの偶然。
けれどその先は――もちろん偶然もあるかもしれないが、それだけでは説明できないことがいくつも起こった。

凛を秘書にと望み、彼女に限らずまゆみをも異動の対象者に連ね、秘書課が属する総務部ではなく、情報システム部を巻き込んだ。

理由はと問えば、きっとあの須山葉月は理路整然と説明をするだろう。そしてそれに、自分も凛も、納得してしまうだろう。 しかし、『だからこそ』彼は、何かをしようとしている――ような気がしてならない。いくつもの逃げ道を準備しつつも、 最終的な目的地へと向かって、確実にレールを敷いている、そんな気が。
それがあの『銀の羽』を贈った人物と関わりがあるのかもしれないし、全くないのかもしれない。 そんなことは、別にどうだっていい。そんなことを心配しているんじゃない。――――ただ。

願わくば、とまゆみは心の中でつぶやいた。

彼女が――凛が、傷つくことがありませんように。
あの笑顔が、こわれるところを見たくはない。絶対に。

[ fin ]


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